自分は妖怪であるという気づき他者が怖いのではなく、他者という鏡に映る妖怪が怖いだから他者に対していい人を演じたりして、直視を避けている"つまりヴァンパイアを殺すというのは、悪い過去のパターンを打ち壊し、より健康的なかたちを与えるということを意味するのである。しかし、そのためには、私たちが求めつづけてきた。あるいは傷ついてきた経験をすべて、再び意識的に味わい直すことが必要になる。これは大変なことだ。過去にさかのぼり、自分が愛を渇望していたこと、そしてそれゆえに他者を支配しようとしてきたこと、させてきたことに直面するのは、実につらい作業である。毎回、自分を変容させるか、あるいは再びヴァンパイアに屈してしまうか、倫理的な選択を迫られる。しかもそれは一回ではすまない。何度も何度もつづく作業なのだ。心理学者のリンダ・レナードの言葉を借りれば、「日々、意識的にこの戦いに赴く」ことによってしかこの課題は果たせない。"(『いっしょにいると疲れる人』バーバラ・E・ホルト 鏡リュウジ 訳)
自分は妖怪であるという気づき
他者が怖いのではなく、他者という鏡に映る妖怪が怖い
だから他者に対していい人を演じたりして、直視を避けている
"つまりヴァンパイアを殺すというのは、悪い過去のパターンを打ち壊し、より健康的なかたちを与えるということを意味するのである。
しかし、そのためには、私たちが求めつづけてきた。あるいは傷ついてきた経験をすべて、再び意識的に味わい直すことが必要になる。これは大変なことだ。過去にさかのぼり、自分が愛を渇望していたこと、そしてそれゆえに他者を支配しようとしてきたこと、させてきたことに直面するのは、実につらい作業である。毎回、自分を変容させるか、あるいは再びヴァンパイアに屈してしまうか、倫理的な選択を迫られる。しかもそれは一回ではすまない。何度も何度もつづく作業なのだ。心理学者のリンダ・レナードの言葉を借りれば、「日々、意識的にこの戦いに赴く」ことによってしかこの課題は果たせない。"
(『いっしょにいると疲れる人』バーバラ・E・ホルト 鏡リュウジ 訳)